四国 88ヵ所遍路 最終章 高野山

高野山
弘法大師空海が開いた真言宗の聖地 http://www.geocities.co.jp/kmaz2215/

愛犬ラッキー(パピヨン犬、2kg)と一緒に
2004年に家族と四国88箇所遍路の旅に挑戦した。
今から思うとあの時はまだ若かった!

高野山墓地 昔の有名人の墓が多い
高野山墓地 昔の有名人の墓が多い

 

 

 

 

 

高野山
高野山
高野山 根本大塔
高野山 根本大塔
高野山
高野山

 

 

 

 

 

高野山  奥之院の前で

高野山  奥之院の前で

四国 88か所遍路2 伊予(菩提の道場)

大阪より飛行機で、高知県
レンタカーを借りてドライブでお寺を回った。
泊まりは数日間ペットと泊まれる宿を予約した。

 阿波(発心の道場)・土佐(修行の道場)・伊予(菩提の道場)・讃岐(涅槃の道場)
阿波(発心の道場)・土佐(修行の道場)・伊予(菩提の道場)・讃岐(涅槃の道場)

四国88か所遍路2 伊予(菩提の道場)

24番最御崎寺 24番最御崎寺空海が求聞持法成就した

 

25番 津照寺
25番 津照寺

 

 

26番 金剛頂寺 (2)
26番 金剛頂寺 (2)
26番 金剛頂寺
26番 金剛頂寺
27番 神峯寺
27番 神峯寺
28番 大日寺
28番 大日寺
38番 金剛福寺
38番 金剛福寺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四国 88か所遍路3 土佐(修行の道場)

阿波(発心の道場)・土佐(修行の道場)・伊予(菩提の道場)・讃岐(涅槃の道場)
阿波(発心の道場)・土佐(修行の道場)・伊予(菩提の道場)・讃岐(涅槃の道場)

四国88か所遍路3 土佐(修行の道場)

大阪より岡山経由の新幹線で、愛媛県へ
 レンタカーを借りてドライブでお寺を回った。
泊まりは数日間ペットと泊まれる宿を予約した。

41番 龍光寺 弘法大師がこの地を訪ねた際に、稲束を背負ったひとりの白髪の老人があらわれ、「われこの地に住み、法教を守護し、諸民を利益せん」と告げて、忽然と姿を消した。大師は、この老翁が五穀大明神の化身であろうと悟り・・ -
41番 龍光寺 弘法大師がこの地を訪ねた際に、稲束を背負ったひとりの白髪の老人があらわれ、「われこの地に住み、法教を守護し、諸民を利益せん」と告げて、忽然と姿を消した。大師は、この老翁が五穀大明神の化身であろうと悟り・・ –42番 仏木寺 牛の背に乗った弘法大師の伝説が語り継がれる

43番 明石寺

44番 大寶寺  歩けば20時間を超す「遍路ころがし」の霊場

53番 円明寺

54番 延命寺 (2)

51番 石手寺

51番 石手寺 道後温泉の温泉街から近い

58番 仙遊寺

52番 太山寺

54番 延命寺

55番 南光坊

58番 仙遊寺

59番 国分寺 (2)

59番 国分寺

62番 宝寿寺

63番 密教山 胎蔵院 吉祥寺  寺宝に「マリア観音像」徳川幕府のキリスト教禁令にも難を逃れている

64番 前神寺

65番 三角寺 俳人・小林一茶が「これでこそ 登りかひあり 山桜」と詠んだ

24番最御崎寺

24番最御崎寺

24番最御崎寺空海が求聞持法成就した
24番最御崎寺空海が求聞持法成就した
25番 津照寺
25番 津照寺
26番 金剛頂寺 (2)
26番 金剛頂寺 (2)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

26番 金剛頂寺
26番 金剛頂寺27番 神峯寺

28番 大日寺

38番 金剛福寺

38番 金剛福寺

 

39番 延光寺
39番 延光寺

四国 空海 求聞持法、三教指帰

空海の「求聞持(ぐもんじ)法」   

難解すぎてさっぱりよくわからない
「三教指帰」の序文の中で弘法大師は「ここに一人の僧あり、われに虚空蔵求聞持の法をしめす。その経に説かく、『もし人、法によってこの真言一百満遍を誦すれば、
すなわち一切の教法の文義を暗記することを得。』

http://1000ya.isis.ne.jp/0750.html

弘法大師空海は、その虚空の空間に入ると「五大に響きあり、十界に言語を具す
(物質と精神には
 響きがあって、それぞれに言葉を用意している。声字実相義)」

四国 空海 虚空蔵求聞持法 洞窟

最御崎寺(ほつみさきじ)
高知県室戸市室戸岬町に位置する寺院。四国八十八箇所霊場の第二十四番札所  
本尊真言:のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おんあり きゃまり ぼり そわか
ご詠歌:明星の 出ぬる方の 東寺 暗き迷は などかあらまじ 
空海は都での学問に飽き足りず、 19歳の頃からの約5年間、山林修行を続けた。
空海の『三教指帰』には「土州室戸崎に勤念す」とある。
室戸岬にほど近い洞窟(御厨人窟)で虚空蔵求聞持法に励んだ。
空海は大同2年(807年)に、嵯峨天皇の勅願を受けて
本尊の虚空蔵菩薩を刻み、本寺を開創した。

第24番最御崎寺空海が求聞持法を成就した
第24番最御崎寺空海が求聞持法を成就した

 

第24番最御崎寺
第24番最御崎寺
御厨人窟室戸岬にほど近い洞窟(御厨人窟)で虚空蔵求聞持法に励んだ
御厨人窟室戸岬にほど近い洞窟(御厨人窟)で虚空蔵求聞持法に励んだ
洞窟(御厨人窟)の洞窟の中御厨人窟で寝起きをしていた弘法大師。 御厨人窟の中からはいつも、青々とした空と海だけが見えていた。 その雄大な景色に感銘を覚えた弘法大師は、 ご自分の名前を「空海」に変えられたのだと言い伝えが残ります。 御厨人窟で修行に励んでいた弘法大師の口から 突然明けの明星が入って体を貫き、それによって大師が悟りを開いた。
洞窟(御厨人窟)の洞窟の中御厨人窟で寝起きをしていた弘法大師。
御厨人窟の中からはいつも、青々とした空と海だけが見えていた。
その雄大な景色に感銘を覚えた弘法大師は、
ご自分の名前を「空海」に変えられたのだと言い伝えが残ります。
御厨人窟で修行に励んでいた弘法大師の口から
突然明けの明星が入って体を貫き、それによって大師が悟りを開いた。

 

 

四国 88所遍路4讃岐(涅槃の道場) 

 阿波(発心の道場)・土佐(修行の道場)・伊予(菩提の道場)・讃岐(涅槃の道場)
阿波(発心の道場)・土佐(修行の道場)・伊予(菩提の道場)・讃岐(涅槃の道場)

四国88か所遍路4 讃岐(涅槃の道場)

大阪より淡路島を経由して、マイカーでドライブで香川県へ
泊まりは数日間ペットと泊まれる宿を予約した。

・締めくくりはやはり高野山へ
四国88か所のお寺を回り、次に高野山に詣でて

「満願成就」となった時は感激した。
八十八カ所巡りの御朱印をいつか立派な掛軸にしたい。

66番 雲辺寺 山頂の駅から参道をしばらく歩くと五百羅漢像
66番 雲辺寺 山頂の駅から参道をしばらく歩くと五百羅漢像

 

 

 

 

66番 雲辺寺 標高911メートル「遍路ころがし」と呼ばれる難所
66番 雲辺寺 標高911メートル「遍路ころがし」と呼ばれる難所
67番 大興寺  天平14年(742年)に東大寺の末寺として建立
67番 大興寺  天平14年(742年)に東大寺の末寺として建立
68番 神恵院
68番 神恵院
69番 観音寺 第六十八番・神恵院と同一境内
69番 観音寺 第六十八番・神恵院と同一境内
69番 観音寺
69番 観音寺
70番 本山寺
70番 本山寺
71番 弥谷寺  日本三大霊場(恐山・臼杵磨崖仏・弥谷山)の一つ
71番 弥谷寺  日本三大霊場(恐山・臼杵磨崖仏・弥谷山)の一つ
72番 曼荼羅寺
72番 曼荼羅寺
77番 道隆寺 仁王門をくぐると ブロンズの観音さんがずらりと並んでいる
77番 道隆寺 仁王門をくぐると ブロンズの観音さんがずらりと並んでいる
76番 金倉寺 弘法大師の甥で天台宗寺門派の開祖「智証大師」が誕生した地
76番 金倉寺 弘法大師の甥で天台宗寺門派の開祖「智証大師」が誕生した地

 

 

 

 

 

 

 

 

76番 金倉寺 「智証大師」は、子供の頃「日童丸」と呼ばれ たいそう賢いと評判
76番 金倉寺 「智証大師」は、子供の頃「日童丸」と呼ばれ たいそう賢いと評判
74番 甲山寺  甲山寺周辺は弘法大師の故郷
74番 甲山寺  甲山寺周辺は弘法大師の故郷
73番 出釈迦寺 弘法大師幼少期の数ある伝説のひとつ「捨身ヶ嶽」縁起にゆかり
73番 出釈迦寺 弘法大師幼少期の数ある伝説のひとつ「捨身ヶ嶽」縁起にゆかり

 

 

80番 国分寺 有名なのは四国最古の梵鐘
80番 国分寺 有名なのは四国最古の梵鐘

81番札所 大窪寺 納経印は「結願所」結願証明書(賞状)もらえる

 

 

 

 

 

87番 長尾寺 静御前が源義経と別れた後 母の磯禅師と共に当寺を訪れ 得度した
87番 長尾寺 静御前が源義経と別れた後 母の磯禅師と共に当寺を訪れ 得度した

 

86番 志度寺 江戸時代の奇才平賀源内の故郷
86番 志度寺 江戸時代の奇才平賀源内の故郷

 

83番 一宮寺 地獄の釜に頭を入れると境地が開ける
83番 一宮寺 地獄の釜に頭を入れると境地が開ける

 

 

82番 根香寺 青峯山には人間を食べる恐ろしい怪獣牛鬼が棲んでいた
82番 根香寺 青峯山には人間を食べる恐ろしい怪獣牛鬼が棲んでいた

 

 

 

 

81番 白峯寺 崇徳天皇が讃岐流刑地で没しこの地に陵墓が造られた
81番 白峯寺 崇徳天皇が讃岐流刑地で没しこの地に陵墓が造られた

 

78番 郷照寺 時宗の開祖一遍上人は踊り念仏の道場を開いた
78番 郷照寺 時宗の開祖一遍上人は踊り念仏の道場を開いた

 

 

 

 

 

 

 

大窪寺  結願!
やっと終わった、感激、感激、

  でも疲れた~~
http://henro88.net/220sanuki/ookuboji.html

88番 結願の霊場「大窪寺」唐から帰国した弘法大師が、現在の奥の院近くの胎蔵ヶ峰という岩窟で、虚空蔵求聞持法を修法し堂宇を建立。
88番 結願の霊場「大窪寺」唐から帰国した弘法大師が、現在の奥の院近くの胎蔵ヶ峰という岩窟で、虚空蔵求聞持法を修法し堂宇を建立。

お礼参り
http://www.kushima.com/henro/keywords/oreimairi.htm

四国88箇所のマニュアル
四国88箇所のマニュアル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四国 88か所 阿波(発心道場)

四国88か所1 阿波(発心の道場)11~23番

 阿波(発心の道場)・土佐(修行の道場)・伊予(菩提の道場)・讃岐(涅槃の道場)
阿波(発心の道場)・土佐(修行の道場)・伊予(菩提の道場)・讃岐(涅槃の道場)
23番 薬王寺 「発心の道場」といわれる阿波最後の霊場
23番 薬王寺 「発心の道場」といわれる阿波最後の霊場
22番 平等寺
22番 平等寺

 

 

 

 

 

20番 鶴林寺 霊鷲山に似ている山号は「霊鷲山」
20番 鶴林寺 霊鷲山に似ている山号は「霊鷲山」
19番 立江寺
19番 立江寺

18番 恩山寺 大師の生母・玉依御前が讃岐の善通寺から訪ねてきた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

17番 井戸寺
17番 井戸寺

四国 金毘羅さん 狗が替わりに代参

古くから金毘羅さんの門前町として栄えてきた。
門前町の落ち着いた情緒がある。

江戸時代に金毘羅参りが盛んになり、
全国から金毘羅街道を通じて多くの参詣客が集まった。
江戸時代に、自分で行けない人は狗に代参してもらった。

「こんぴらふねふね……」の歌でおなじみ本宮は
琴平山の中腹にある。

そこまでの参道は石段。その数785段。
さらにその奥には奥社があり、合計1,368段の石段を上る。

愛犬ラッキーと琴平さん参り
愛犬ラッキーと琴平さん参り
当人に代わって旅慣れた人が代理で参拝に行くことがあり、これを「代参」と言った。旅を途中で諦めることにした人が、道中で知り合った旅人に旅費と初穂料(お賽銭)を託し代参してもらうこともあった。 代参をしたのは“人”だけではなかったのです。「こんぴら参り」と記した袋を首にかけた犬が、飼い主の代参をすることもあった。袋には、飼い主を記した木札、初穂料、道中の食費などが入っていました。犬は、旅人から旅人へと連れられ、街道筋の人々に世話をされ、目的地にたどり着いた。「こんぴら参り」の代参をした犬は、特に「こんぴら狗」と呼ばれたのです。
当人に代わって旅慣れた人が代理で参拝に行くことがあり、これを「代参」と言った。旅を途中で諦めることにした人が、道中で知り合った旅人に旅費と初穂料(お賽銭)を託し代参してもらうこともあった。
代参をしたのは“人”だけではなかったのです。「こんぴら参り」と記した袋を首にかけた犬が、飼い主の代参をすることもあった。袋には、飼い主を記した木札、初穂料、道中の食費などが入っていました。犬は、旅人から旅人へと連れられ、街道筋の人々に世話をされ、目的地にたどり着いた。「こんぴら参り」の代参をした犬は、特に「こんぴら狗」と呼ばれたのです。

琴平さん (2)

 

 

 

 

 

 

 

金毘羅さんの本殿
金毘羅さんの本殿

 

四国 88か所 阿波(発心の道場)

大阪より淡路島を経由して、マイカーでドライブで徳島県へ
泊まりは数日間ペットと泊まれる宿を予約した。

四国88か所遍路1 阿波(発心の道場)

・ドライブ遍路
「歩き遍路」ではなく「ドライブ遍路」なので、
その分御利益は少し少ないと言われている。

1番 霊山寺 の前で
1番 霊山寺 の前で


2番 極楽寺
2番 極楽寺
3番 金泉寺
3番 金泉寺
4番 大日寺
4番 大日寺
5番 地蔵寺
5番 地蔵寺
6番 安楽寺
6番 安楽寺
8番 熊谷寺
8番 熊谷寺
9番 法輪寺
9番 法輪寺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四国八十八箇所霊場の第十番札所 切幡寺
四国八十八箇所霊場の第十番札所 切幡寺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西国 三十三所巡り一番札 青岸渡寺

saigokuバスツアーで和歌山の「西国一番青岸渡寺」の 庭を訪れた。
何故か何かの閃きで、 とても懐かしいものを感じた。
その時に
「西国三十三ヶ所を回ろう」と思った。
http://www.saikoku33.gr.jp/
・自宅から近い所はマイカーで、遠い所はバスツアーに参加。
一番の感動は、姫路市の書写山の27番の圓教寺だった。
大講堂常行堂食堂などどれも荘厳だった

西国表

 

那智滝
那智滝
1番 青岸渡寺
1番 青岸渡寺
那智山は熊野三山の一つ
那智山は熊野三山の一つ
長命寺,滋賀県近江八幡市 西国31番
長命寺,滋賀県近江八幡市
西国31番
紀三井寺、和歌山県和歌山市紀三井寺にある。西国33番
紀三井寺、和歌山県和歌山市紀三井寺にある。西国33番
宝厳寺(ほうごんじ)は、滋賀県長浜市の竹生島。 西国第30番札所 観音霊場であるとともに、弁才天信仰の聖地
宝厳寺(ほうごんじ)は、滋賀県長浜市の竹生島。
西国第30番札所
観音霊場であるとともに、弁才天信仰の聖地

 

 

 

 

 

 

2番 総持寺 助けた亀の恩返しと観音の霊験
2番 総持寺 助けた亀の恩返しと観音の霊験
10番 三室戸寺
10番 三室戸寺
9番 興福寺 南円堂
9番 興福寺 南円堂
8番 長谷寺
8番 長谷寺
28番 成相寺 天橋立の北にある成相山にある
28番 成相寺 天橋立の北にある成相山にある
8番 長谷寺 登廊
8番 長谷寺 登廊

 

 

 

 

 

 

 

7番 岡寺
7番 岡寺
4番 施福寺
4番 施福寺
3番 粉河寺
3番 粉河寺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

円教寺 食堂 荘厳な雰囲気
円教寺 食堂 荘厳な雰囲気
円教寺
円教寺

西国 圓教寺 荘厳な雰囲気!

境内の雰囲気が荘厳で、圧倒される
この独特な雰囲気は初めての経験である
西国33ヵ所のお寺の中で最も印象に残る寺である。

山上にあり、広いので、ロープウェイとバスを使った。
境内は大講堂、食堂(じきどう)、常行堂、奥之院など。
西国三十三所観音霊場の札所でもある摩尼殿が一山の中心となる堂であるが、大講堂や開山性空の像を祀る奥之院も、信仰上重要である。境内を見た時の印象が強烈!

境内は大講堂、食堂(じきどう)、常行堂、奥之院など。
西国三十三所観音霊場の札所。

円教寺 食堂 荘厳な雰囲気   ここで写経をしたい

歴史 966年、性空の創建。
性空は910年生まれで、性空は出家した時はすでに36歳、
それから約20年間、霧島山、脊振山など九州で修行を積んだ後、
霊地を求めて旅に出、
966年、
57歳の時、書写山に庵を結んだのが書写寺の始まり

 

武蔵坊弁慶は一時期書写山で修行した、
弁慶が使用した机など、ゆかりの品も伝えられ公開されている。

円教寺
円教寺


投稿 グローバルビジネス 

下記サイトへ クリック どうぞ
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/

目次

1.グローバル人材育成センターへの投稿
⑤ 徒然なるままに、“日中関係”は“アジアの視点”で考えよう
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/blog-post_16.html
④ 徒然なるままに、“言葉”=“異文化コミュニケーション”
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/blog-post_28.html
③ 徒然なるままに、グローバルPMは『韓非子』に学ぼう!
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/blog-post_30.html
② 徒然なるままに、グローバル化による人事制度の見直し
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/blog-post_62.html
① 中国ビジネスにおける“駐在員のストレスマネジメント
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/blog-post.html

2.PMAJジャーナル44号への投稿
中国商務所要的人材像 中国ビジネスで求められる人材像
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/pmaj44.html
3.PMAJジャーナル40号への投稿
日中関係的未来 これからの日中関係について
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/pmaj40.html
4.PMAJジャーナル33号への投稿
オフショア開発の事例研究について
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/pmaj33.html

5.PMAJ 日本プロジェクトマネジメント協会への投稿
⑤グローバルビジネスにおける中小製造業のサバイバル作戦 3回目(3/3)
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/pmaj_61.html
④グローバルビジネスにおける中小製造業のサバイバル作戦 2回目(2/3)
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/pmaj_30.html
③グローバルビジネスにおける中小製造業のサバイバル作戦 1回目(1/3)
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/pmaj.html
② 日本大震災! この難局にあたり、一国民として内閣に望むこと 2011年4月
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/pmaj1104.html
① 「遅遅として進まない私の中国語学習の反省から」
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/pmaj-0810.html

6.ITC京都への投稿
⑨ IT業界におけるビジネスパーソンのサバイバル作戦 2016年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/itcit2016.html
⑧ プロジェクトマネジメント活用による中小製造業の海外進出  2015年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/itc-2015.html
⑦ 五木寛之「林住期」からの考察~団塊の世代の悩みと愚痴~ 2015年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/itc2015.html
⑥ グローバルビジネスにおける異文化コミュニケーションの重要性  2014年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/itc-2014_30.html
⑤ 愛犬ラッキーとホームページ作り  2014年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/itc-2014.html
④ 中小製造業の中国における情報システム活用のツボ 2013年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/itc2013.html
③ IT業界が建設業界から学ぶこと  2013年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/itcit-2013.html
②グローバルビジネスで活躍する日系中小製造業の現状と課題  2013年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/itc-2013.html
① グローバルビジネスにおける日中関係の未来 2011年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/03/itc-2011.html

7.日本オフショアビジネス協議会への投稿
⑤中堅ソフト開発会社のビジネスの未来  2012年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/04/2012_94.html
④中堅ソフト開発会社のビジネスの未来  2012年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/04/2012_91.html
③中堅ソフト開発会社のビジネスの未来  2012年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/04/2012_36.html
②中堅ソフト開発会社のビジネスの未来  2012年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/04/2012_13.html
①中堅ソフト開発会社のビジネスの未来  2012年
http://itglobalbusiness.blogspot.jp/2016/04/2012.html 

グローバルビジネスとIT
グローバルビジネスとIT

投稿 五木寛之の「林住期」からの考察

~団塊の世代の悩み~ (ITC京都 投稿)

 

1.はじめに

 ITC京都には気力・体力が充実している会員が多い。しかし「団塊の世代」の私は前期高齢者(65歳以上~75歳未満)であり、寄る年波には勝てず気力・体力ともに衰えを隠せない。

 このような折、梅田の古本屋で五木寛之の「林住期」という単行本を購入した。私はインドに観光旅行に行ったり、四国霊場88箇所遍路の旅をしていたので「インド人独特の人生観」に私の心がピンと反応してきた。「林住期」というタイトルは聞き慣れないものだったが、読んでみると「人生設計・生き甲斐」を鋭く分析している。著者の五木寛之は、私の「安易で世俗的な人生観」にレッドカードを突きつけてきた。 

2. インドの四住期(学生期、家住期、林住期、遊行期)

 古代インドのマヌ法典によれば、インド人の人生は4期間に分けられる。四住期では第3番目の「林住期」が人生のハイライトである。

2.1「学生期(がくしょうき)」
師について心身を鍛え、学習する時期。       
まだ一人前とは見なされていない。
2.2「家住期(かじゅうき)」
就職し、結婚し、家庭を築き、子供を育てる時期。
世俗的な利益(金、地位・・)を求める。
一家の大黒柱となって家族や会社のために働く。
働き盛りで、体力・気力ともに充実している。
2.3「林住期(りんじゅうき)」
生き甲斐を求めて、真に人間らしく生きる時期。
世俗的な利益を離れて、解脱(世俗の迷いから脱却)を目指す。
2.4「遊行期(ゆぎょうき)」
家を捨て、死に場所を求める放浪と祈りの余生の時期。
四国 88箇所参りでの行き倒れ等。

“世俗的な利益”を求める「家住期」と“解脱”を目指す「林住期」の間には
人生観における大きなギャップがあり、急角度の“人生のヘアピンカーブ”であ
る。現在の日本の日常生活では“解脱を目指す”と言う発想はなかなか浮かんで
こない。ぬるま湯(快適で便利な世俗的生活)に慣れ親しんでいる私には“イン
ドの禁欲的な生き方“は、実践できそうもない。

3. 仏教の教え・・・“生老病死、苦、無常”
私の家族は終戦後中国から日本に引き揚げてきた。私は5人兄弟の一番下の5
番目の子供として福岡で生まれた。終戦直後の10年間は、日本はまだ混乱期で
もあり貧しく、衣食住ともに不足していた。

しかし1955年頃より高度経済成長期に突入すると、日本経済は右肩上がりで成
長していく。子供の頃の記憶では、ご飯は「かまど」に薪(まき)を入れて炊い
ていた。これが「電気炊飯器」となり、ご飯の準備は格段に便利になった。そし
て三種の神器(電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビ)も普及して、日常生活は豊か
になっていった。文化面では米国進駐軍と一緒に「ハリウッド映画」の陽気で底
抜けに明るい米国文化が浸透してきた。若い時の私は楽観的に、人生は必ず「ハ
ッピーエンド」で終わるものと錯覚していた。

私のビジネスにおける人生ゲームは、1991年のバブル崩壊までは右肩上がりで
順調であった。いつの間にか好景気は永遠に続くと勘違いしてくる。リスクを無
視して“それ行けドンドン”でビジネスを推進してきた。今から考えると、バブ
ル景気はまさしく泡のように実体のない繁栄であった。その後バブルが崩壊し、
私はリストラや早期退社といった苦い経験をすることになる。

仏教は“極めて厳しい教え”を提示している。   

・生老病死からは逃れられない
・人生は苦である
・人生は無常である

日常生活から「悲しい事、空しい事、嫌な事」には背を向けて、
「楽しいこと」
ばかりに目を向けて
人生を生きていく事は出来ない。

4.「林住期」には意識改革(気持ちの切り替え)が必要
 「家住期」から「林住期」への人生の“へアピンカーブ”を曲がる時に、自分
の価値観を大きく変換する「意識改革」ができるか否かが人生の別れ道となる。
体力・気力・能力・容姿が大きく衰える黄昏(たそがれ)時の「林住期」になっ
ても、若い時と同様な「溌剌とした生き方」に執着していると「惨めな生き方」
になると五木寛之は警告している。お釈迦様の教えに逆らって、どんな若返りの
アンチエイジングを取入れたとしても、人生の時計の針を逆回転することはでき
ない。それでは意識改革を可能にするための「秘伝の奥義」は無いのだろうか?

 「秘伝の奥義」は愛犬ラッキー(パピヨン、15歳の老犬)が教えてくれる。
愛犬ラッキーは私の師匠である。何故なら犬は雑念を捨てて、「頭を空っぽ」に
できる。執着を捨てることにおいては犬は人間よりも高等動物である。もし愛犬
ラッキーが人間に生まれていれば、立派な修行僧になれただろう。

4.1 「他人と自分を比較しない」
 愛犬ラッキーは他人を羨ましがったり、ひがんだりはしない。「他人は他人、
自分は自分」であると割り切る。

4.2「現在のみを考えて、生きる」
 愛犬ラッキーは「過去」の出来事や失敗を悔やんだりしない、また「将来」の
ことで余計な心配をしない。「今」を懸命に生きるだけである。
 これさえ出来れば「私の悩みやストレス」はずいぶんと軽くなるはずである。

5. 若い現役世代へのアドバイス
・・・「家住期」における事前準備が必要・・・

 「家住期」は家族のためにパン(世俗的な利益)を獲得する時期である。しか
し人間はパンだけで生きるものでもない。ますます厳しくなる社会環境の中で
「現役世代」にとっての人生のハイライト(林住期)への準備はきわめて重要で
ある。ただし、その人生設計は個人毎にバラツキがあり一様ではない。人それぞ
れの「過去の経緯、人生観、宗教、健康状態、資金、家族関係・・等」により大
きく異なる。

 しっかりした「家住期の土台」が無ければ、「林住期」はすぐに崩れてしまい
砂上の楼閣となる。「家住期」において入念な事前準備をしておく必要がある。
具体的には「自分自身と家族の健康管理、資金管理、家族関係、子供の自立の促
進・・」など幅広く整理整頓・始末しておくべきことが多い。

 最後に、自分自身の人生設計の“前提条件や制約条件”を十分精査して、「林
住期」における価値観・生き甲斐を“自己責任”で築いていくことになるが、
“自分一人で”地道に積み上げていくしかない。

投稿 愛犬ラッキーとホームページ作り

1.長年一緒に過ごしてきた愛犬「ラッキー」は可愛くて仕方がない
今年8月は家内が入院していたので、その間自宅で独り暮らしをしていた。家
内が入院していると、食事、洗濯、掃除、ゴミ出し、ペットの世話・・とにかく
「シニアー男の独り暮らし」は結構多忙となる。幸い、家内は無事退院できたの
でホッとしている。

独り暮らしで一番困ったことは,「お年寄りの愛犬ラッキー」の世話であった。ラッキー(犬 種パピヨン、体重2.4キログラム)は14歳とお年寄りである。人間であれば80歳位
だろうか。ラッキーは自分で、家の中でのランキングは上から「家内、ラッキー、私」の
順番と思っている。小さいくせに自分は私よりランクが上と思っているため、
飼い主の私が命令してもなかなか言うことを聞いてくれない。しかも認知症気味
なのでいろいろと迷惑なトラブルを起こす。ただ何と言っても毎朝の散歩など
ラッキーと14年間も一緒に過ごしてきているので、やはり私は可愛いくて仕方が
ない。

2.「アルバム整理」から「ホームページ作り」を思いついた
独り暮らしで、過去の海外旅行や四国88か所遍路の旅などのアルバムの整理を
していると、愛犬ラッキーをテーマに、ホームページを作ることを“ふと”思い
ついた。
そこで早速インターネットで、昔使ったことがあるホームページビルダーの情
報を集めると、ホームページビルダーの最新バージョンは簡単にWordpressに移
行できるように書いてあった。それなら、初めから一番人気であるWordpressで
作成すれば良いのではないか。そこでWordpressのテキストを買って読み始めた。

3. ぶっつけ本番で取り組んだので、手探りで五里霧中だった
実を言えば昔、愛犬ラッキーをテーマに、ホームページビルダーに取り組んだ
ことがあった。しかし原因不明のトラブルでサイトを更新できなくなり、途中で
ギブアップした苦い経験がある。
再び一念発起して、Wordpressでホームページ作成に挑戦することにした。ま
ずレンタルサーバーを借りて、独自ドメイン(.com)を取得した。何も準備して
いない、ぶっつけ本番のためテキスト片手に手探りで五里霧中である。歳をとる
と老眼になり細かい字が読みづらいが、何とかWordpressのセットアップ完了に
たどり着いた。

4.習得には「理屈」ではなく、「慣れること」が重要である。
インターネットからIDとパスワードを入力してWordpressにログインしてみる
と、すぐに待望の「管理画面」が出てきた。管理画面はとても重要で、サイトの
全ての設定ができる。飛行機でいえばパイロットのコクピット画面である。
管理画面の左端には、Wordpressの主要機能である「投稿」、「メディア」、
「固定ページ」、「外観」、「設定」の5つのボタンが無愛想にタテに並んでい
た。これら5つの機能をMindmapのように展開しながら紙に書いてみると、操作
方法が何となく理解できた。この5つを使いこなせれば一人前になれるのだなと
思った。
しかし、テキストに沿って更に進んでいくと「テーマ」、「ウィジェット」、
「パーマリング」、「プラグイン」など聞き慣れない「用語」が続々と飛び出し
てくる。テキストの最後までたどり着けるだろうかと不安になってきた。ただ、
不安になっても仕方ない。やはりWordpressの習得は「理屈」ではなく、実際に
使いながら「体験による慣れ」が大事である。

5. WordPress は静的なサイトよりも動的なサイトに適していいる
いつの間にかWordpressの使い方に慣れてきた。そうすると一番大事なことを
忘れているのに気がついた。ホームページに載せる「コンテンツ」を用意してい
なかった。慌てて愛犬「ラッキー」の写真を探し出して準備した。
実際にWordpress上で写真を貼り付けてみると操作が結構泥臭い、かえって手
間がかかる。写真などを貼付けるだけの静的なサイトなら、わざわざ WordPress
を使うこともない。Wordpressは機能が多い分だけ、単純な作業に係る操作は複
雑になる。Wordpress選択の判断が正しかったか心配になってきた。WordPressは
写真を保管するようなサイトには不向きで、毎日更新するようなサイトに適して
いる。

6. WordPressの適用分野
私の独断と偏見による直感では、Wordpressはビジネス向きで、デザインに凝
った動的なサイトに向いている。またビジネスのサイトを「手軽に」運営したい
人に向いている。手軽にというのはサイト構築や運営を外部に委託しなくても自
分で運営できるという意味である。
Wordpressの特長をまとめると以下となる。
・毎日ブログを更新するような活発なサイトに適している。
・テーマ(テンプレート)が豊富にそろっており、デザインが洗練されている。
・プラグインの種類も豊富にそろっている。
・商売のためのSEOや集客(アクセスマップ)等に優れている。
・WordPressで作ったサイトは、全て自分の資産として自由に加工・運用が出来る。
・広告が画面上に一切出てこない。雑音が無く落ちついた気分になる。

ただし、最初の3つの豊富すぎろ機能は素人には却って混乱の元である。本格
的なビジネス用と簡単な初心者用の2つのバージョンがあれば良いと思う。

7. WordPressを使った感想
(1)ツールであるWordpressに注目が集まり、肝心のコンテンツに光が当たっ
ていない。やはり中身「コンテンツ」が一番大切であり、本末転倒している。コ
ンテンツとその見せ方を先に準備して、その後に必要となるWordpressの機能を
検討するべきである。そうしないとWordpressの全ての機能を学ぶはめになり、
初心者はそれだけで疲れてしまう。
(2)初心者には支援者やアドバイスしてくれる親切な人がほしい。初心者はつ
まらない勘違いやミスですぐ迷路に迷い込んでしまう。また、計画段階や構築時
でトラブルに遭遇した時には孤立無援となる。的確な支援やアドバイスが無いと
頭がループしてしまい、無駄な作業や時間を浪費することになる。最悪の場合は
挫折してしまう。
(3)WordPressで作ったサイトは「考えている構想」の全部を初めからやろう
とせずに赤ちゃんと同じ様に、小さく産んで大きく育てる方が良い。

ラッキーが子供の頃