高野山
弘法大師が開いた真言宗の聖地 http://www.geocities.co.jp/kmaz2215/
愛犬ラッキーと一緒に四国88箇所遍路の旅に挑戦
あの時はまだ若かった!
難解すぎてさっぱりよくわからない
「三教指帰」の序文の中で弘法大師は「ここに一人の僧あり、われに虚空蔵求聞持の法をしめす。その経に説かく、『もし人、法によってこの真言一百満遍を誦すれば、
すなわち一切の教法の文義を暗記することを得。』
http://1000ya.isis.ne.jp/0750.html
弘法大師空海は、その虚空の空間に入ると「五大に響きあり、十界に言語を具す
(物質と精神には 響きがあって、それぞれに言葉を用意している。声字実相義)」
最御崎寺(ほつみさきじ)
高知県室戸市室戸岬町に位置する寺院。四国八十八箇所霊場の第二十四番札所
本尊真言:のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おんあり きゃまり ぼり そわか
ご詠歌:明星の 出ぬる方の 東寺 暗き迷は などかあらまじ
空海は都での学問に飽き足りず、 19歳の頃からの約5年間、山林修行を続けた。
空海の『三教指帰』には「土州室戸崎に勤念す」とある。
室戸岬にほど近い洞窟(御厨人窟)で虚空蔵求聞持法に励んだ。
空海は大同2年(807年)に、嵯峨天皇の勅願を受けて
本尊の虚空蔵菩薩を刻み、本寺を開創した。
四国88か所遍路4 讃岐(涅槃の道場)
大阪より淡路島を経由して、マイカーでドライブで香川県へ
泊まりは数日間ペットと泊まれる宿を予約した。
・締めくくりはやはり高野山へ
四国88か所のお寺を回り、次に高野山に詣でて
「満願成就」となった時は感激した。
八十八カ所巡りの御朱印をいつか立派な掛軸にしたい。
大窪寺 結願!
やっと終わった、感激、感激、
でも疲れた~~
http://henro88.net/220sanuki/ookuboji.html
お礼参り
http://www.kushima.com/henro/keywords/oreimairi.htm
大阪より淡路島を経由して、マイカーでドライブで徳島県へ
泊まりは数日間ペットと泊まれる宿を予約した。
四国88か所遍路1 阿波(発心の道場)
・ドライブ遍路
「歩き遍路」ではなく「ドライブ遍路」なので、
その分御利益は少し少ないと言われている。
・バスツアーで和歌山の「西国一番青岸渡寺」の 庭を訪れた。
何故か何かの閃きで、 とても懐かしいものを感じた。
その時に「西国三十三ヶ所を回ろう」と思った。
http://www.saikoku33.gr.jp/
・自宅から近い所はマイカーで、遠い所はバスツアーに参加。
・一番の感動は、姫路市の書写山の27番の圓教寺だった。
大講堂・常行堂・食堂などどれも荘厳だった。
境内の雰囲気が荘厳で、圧倒される
この独特な雰囲気は初めての経験である
西国33ヵ所のお寺の中で最も印象に残る寺である。
山上にあり、広いので、ロープウェイとバスを使った。
境内は大講堂、食堂(じきどう)、常行堂、奥之院など。
西国三十三所観音霊場の札所でもある摩尼殿が一山の中心となる堂であるが、大講堂や開山性空の像を祀る奥之院も、信仰上重要である。境内を見た時の印象が強烈!
境内は大講堂、食堂(じきどう)、常行堂、奥之院など。
西国三十三所観音霊場の札所。
歴史 966年、性空の創建。
性空は910年生まれで、性空は出家した時はすでに36歳、
それから約20年間、霧島山、脊振山など九州で修行を積んだ後、
霊地を求めて旅に出、
966年、57歳の時、書写山に庵を結んだのが書写寺の始まり
武蔵坊弁慶は一時期書写山で修行した、
弁慶が使用した机など、ゆかりの品も伝えられ公開されている。
PMAJオンラインジャーナル 平成11年4月号に掲載分http://www.pmaj.or.jp/online/1104/p2m_kansai.html
東日本大震災! この難局にあたり、一国民として内閣に望むこと
3月11日、突然千年に1回あるかないかの規模の東日本大震災が発生した。そして甚大な被害が発生している。心から被災された方々にお見舞い、ならびに震災でお亡くなりになられた方々にお悔やみ申しあげます。
震災後、生き別れや死に別れの惨状をテレビ報道で見ると本当に胸が痛んできます。また福島の原子力発電所トラブルも一進一退で推移しており、ハラハラドキドキして私の血圧や血糖値もそれに連動して上下している状況です。
先日、天皇陛下によるビデオメッセージが流され、「原子力発電所の状況が予断を許さぬものであることを深く案じ、関係者の尽力により事態の更なる悪化が回避されることを切に願っています」とのお言葉を頂きました。
このような国難であるが、ここでP2M的に【 ありのままの姿 】と【 あるべき姿 】を考えてみたい。
【 内閣のありのままの姿:現状 】は、政府の中で長時間の議論を重ねるばかりで、いまだ有効な対策を打ち出せていない。役割が曖昧、かつ責任と権限が不明確のままで、原子力発電所のトラブル、被災者支援と災害復興をずっとやるつもりなのだろうか? 心配なのは国民、官僚、野党、与党内等のステークホルダーに対して、利害対立を避けるのではなく、強いリーダーシップをもって前向きに対処する意思の有無である。このままでは日が経つにつれて、理性をもって冷静に我慢しながら行動してきた国民も、不満や愚痴がだんだん高まって来るだろう。
【 内閣のあるべき姿 】は、ここは国家の重大な危機であり、既存の仕組みを超えて顧客である国民に資する判断を下し、“プロジェクト体制”を即座に構築すべきである。今は “平常時” ではなく、“緊急時もしくは 非常時”なのだから、現状の平常時の組織のままでは、とてもこの国難には対応できない。内閣はこのことを国民に率直に納得させて、その使命達成のためにその“決死の覚悟の姿勢”を国民、特に被災者の方々に直接訴えるべきである。
今回の「地震・津波の災害」や「原子力発電所のトラブル」は想像以上に‘大規模・複雑・不確実’なものである。それに膨大な人数の被災者の日常生活に密接に関係している事柄なので、精神的にもデリケートな対応も必要となる。また利害関係が複雑な膨大な数のステークホルダー間の調整も大変難しい。
今後事態の変化に応じた様々なプロジェクトやプログラムが立ち上げられると思われる。この超難題のプログラムを解決するプログラムマネジャーの資質を冷静に分析し、この難題を引き受けてくれるミッション志向(使命達成型)のプログラムマネジャーとなる人材を任命すべきである。同時に、 内閣は今すぐにでも、兼任ではなく、専任で取り組む強力なリーダーシップを持つ組織を立ち上げることがまず第一に必要である。日本には金はなくても、この難問を解決するための“潜在能力や英知”はある。
現在の日本状況は1000兆円に達しそうな借金をしており、財政的な余裕はあまりない。被災者の全ての要望を満足できる状況ではない。できることとできないことを明確にして、出来ないことはできるだけ速やかに丁寧に国民に説明して納得してもらわないといけない。プログラムマネジャーはP2Mでいうスコープマネジメントの中で、“実行できること”と“実行不可能なこと”を勇気を持って明確にすることが急務である。ともかくスコープが決まらないとプログラムマネジャーは責任を持って一歩も前に進めない。
繰り返しになるが、私の言いたいことは、一言で言うと、内閣総理大臣は、この国難を救うために、日本国民や世界の人々に、 “使命達成型のプログラムマネジャーを任命し、日本の英知を集結した最強のプロジェクト体制を構築した”と宣言してほしい。
話は変わるが、日本のマスコミにも一つ注文がある。暗い話ばかりではなく、復興等建設的で前向きな報道もしてもらいたい。マスコミは毎日毎日テレビや新聞を通じて、主に悲惨な被災地の現状を繰り返し報道している。私は気分が落ち込み、憔悴してだんだん気分が悪くなり、遂にはテレビのスイッチを切ってしまう。そして国民はだんだん意気消沈してしまう。
逆に、もっと未来に希望が持てる明るい話題を放送してほしい。また自衛隊、消防、米軍などの外国からの支援部隊の必死の救援活動はあまり報道していない。彼らは黙々と命をかけて使命を達成しており、私たちはその行動にもっと真摯に感謝しなければいけない。彼らの職業意識・使命感をもっとテレビや新聞で真摯に報道してもらえば視聴者も元気が出てくるし、国民の間の連帯意識も高まると思われる。
政府には、もっと頑張ってもらわないといけませんが、そうはいっても政府ができることには限界がある。私達国民は、あまり国に依存するのではなく、自助努力することも大事である。
各国にはこのような国難に際して様々な「スピーチやことわざ」が伝えられている。
① | 一つは ケネディ大統領のスピーチである。 1961年1月20日、彼は就任演説で以下のように名演説をして、国民の心を鼓舞している。 And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you – ask what you can do for your country. My fellow citizens of the world: ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man. ですから、私の仲間であるアメリカ国民である皆さん:/尋ねないで下さい/国があなたのために何をしてくれるかを/尋ねて下さいあなたが国のために何ができるかを。 私の仲間である世界の皆さん:/尋ねないで下さい/アメリカがあなたのために何をするかを/そうではなくて何を一緒に私達ができるかを/人類の自由のために。 |
② | 二つ目は中国のことわざである 5千年の歴史がある中国には、このような様々な困難な時期にあたり連帯の重要性と強靱な意志の強さを表現することわざが無数に用意されている。私の知見は不足しており、もっとよいことわざもあると思われるが、ここでは下記に2つほど挙げておく。「愚公移山」のように常識にとらわれず、発想を変えて少し馬鹿になることも必要かもしれない。 |
・ | 四海兄弟(しかいけいてい) sìhâixiōngdì 真心と礼儀を尽くして他者に交われば、人々はみな兄弟のように心から協力しあえる |
・ | 愚公移山(愚公山を移す) yúgōng yìshān 人になんと言われようと、どんな難事でも、志をもって専念して努力すれば可能となる |
私の語彙不足を指摘して、中国の友人が「中国の諺はもっとあるよ」と教えてくれたので下記に追加記述する。
やはり中国には‘元気が出る言葉のビタミン剤’がたくさんありそうだ。
・ | 自强不息 zìqiâng bùxī 自强:自分が上を向いて日々努力する;不息:停止はしない。 それぞれの人々が個々上を向いて、絶えず努力する精神を表現、この精神は国を強くする |
・ | 不屈不挠 bùqū bùnáo 屈:屈する;挠:曲がる。困難に負けない、屈まない。強く生きる |
・ | 患難与共 huànnàn yùgòng 危険と困難を共に担い、お互いの立場、そして利害関係は同じである |
・ | 休戚相关 xiūqī xiàngguān 休:喜び・祝い、 戚:悲哀、憂愁、 喜びと憂愁、幸せと不幸は密接な関係があることで、お互いの利害関係の密接を表現している |
最後に、我々日本人が示している勇気と決意を世界中が心配しながら見守ってくれている。日本政府を支援して、私たちは力を合わせてこの国難を乗り越えよう!
以上
私には朝の洗顔が面倒である。 私は自分で洗顔しなくてもよい。
ラッキーの正式名は・・エンドレスパラダイスJPブラックルシアン
ラッキーについて・・・犬種はパピヨン、耳が大きい
平成28年3月4日が誕生日で16歳になるお爺さん、
体重は2kgと軽量、年の割には健康である。
若い時は気が強くて腕白だったが、今は大人しくて甘えん坊
主人である私の言うことは無視して聞かない。
生年月日は・・平成12年3月4日で1,2,3,4ときれいに数字が並んでいる。
生まれは・・四国
1.現在(年とった時)
2.過去(若い時)